結婚相談所物語

母の想い

僕がどうしていようと世の中は回る。


大げさかもしれないけどホントそんな感じ。


親父はとても立派。


なにせ4人もの子供を養って


名門大学にも通わせてそれなりの家に嫁がせた。


そして3階建ての立派な家も建てた。


お袋は偉そうにする親父にしっかり仕えて、


それでいて実は手のひらで転がしている古風なタイプ。


世話好き。


姉貴3人もそれぞれ僕のことになると喧しい。


だから僕は自然と彼女らの世話の対象になり、


特にそれを疎むこともなく受け入れている。


だからソファーに寝転がってポテチを食べながら


スポーツ新聞でも読んでいれば、


色々なことは大概事なく済んでいく。


そんな僕のことを、だらしないと言いたげに見る親父の


厳しい視線がチクチクと痛いけれど。


そんなある日、お袋が倒れた。


余命もわずかという診断。


嘘だろうと思っていたけどお袋も察したのだろう、


急に嫁をもらえとしつこく迫り出した。


余命もわずかという診断。


嘘だろうと思っていたけどお袋も察したのだろう、


急に嫁をもらえとしつこく迫り出した。


お前だけが気がかりだ、と。


そう言われても急に拾って来られるものでなし。


するとお袋は、


結婚相談所に登録したから


行って嫁さんを見つけて来なさいと言った。


いつの間にそんなことをしたのか。


いよいよベッドから起き上がれなくなっても、


結婚相談所と電話で僕のことをあれこれ話していたそうな。


あっけなくお袋が他界し、


それでも3人の姉貴たちのお陰で親父と僕は不自由しなかった。


ただお袋のいない空虚さは埋まらなかった。


1人でソファーに寝そべっていると、


僕に向かって小言を言いながら


忙しく用事をしていたお袋を感じて堪らなかった。


お袋のいない今となっては嫁をもらう気にもならない。


ただ仕事だけはした。


夜勤の時の方がかえって気が紛れていいから、


あえて買って出た。


結婚相談所からも時々連絡が入る。


病身を押して手続きをしてくれた


お袋の気持ちに素直になれる時だけ、


サロンに出かけて言われるままに紹介してもらった。


相手と話をして楽しい時もある。


だけど結局僕がダラダラするので、


夜勤のあるお仕事の方とは、


とか何とか理由をつけて断られる。


小姑が3人もいることだし仕方ないか、


と僕も深入りしない。


それでもまた結婚相談所から連絡がくる。


いい加減放置してくれても良さそうなものを、


お母様からくれぐれもと頼まれたので、


とこれまたお袋のようなアドバイザーが僕の世話を焼く。


そんなある日、


相変わらず僕に対する態度は威丈高だけど、


1人でテレビを見ている親父の後ろ姿が寂しげに感じられた。


少し丸くなった背中を見ながら、


僕はお袋や姉貴たちから愛情一杯もらったよなぁ、


だけど僕はもらった分を抱えたままだよなぁ、


とぼんやり思った。


丁度その頃、


紹介してもらった彼女はちょっと違った。


夜勤があることを話しても、


体調は崩れませんか?とか、


姉貴が3人もいると言っても、


華やかでいいですねとか、


お袋が死んでしまったと伝えても、


お父様は寂しくないですか、とか。


ごく普通だけど気持ちが緩くなる。


そういう時はなぜか親父の背中が頭に浮かぶ。


そして一杯もらって抱え込んだままの愛情。


一杯過ぎてポロポロ溢れ出している。


きっとこれをどこかに放出しないと僕は新しい愛情を容れられないんだ、


と気がついた。


だけど僕はやっぱり不器用で、


ソファーでのんびりしていた分、


人より交際進行が遅くって、


誰かに愛情を注ごうとしても時間がかかってしまう。


ああ、また何か理由をつけて彼女に断られる!


でも仕方ないか、


とは今度は思わなかった。


それはごめんだ、時間が欲しい、


と本気で思った。


僕の背中に隠れるようにして


僕の家の玄関に足を踏み入れた彼女は、


こんな大きなお家なの?、といささか緊張気味。


そりゃ眼光鋭い親父に会うのだから無理もないか。


しかし、今日の親父は相好を崩しっぱなしで、


以前の厳しさはない。


「でかしたな!」と一言言って、


涙すら浮かべて喜んでいる。


親父ってこんなだったか?


と思いながら僕も照れて、「うん」と頷く。


どうやら僕が溢した愛情は親父も拾ってくれたらしい。


本当にこんな僕のこと、


彼女はよく痺れを切らさず


じっくり待って付き合ってくれたよな。


感謝。


だけど、当の本人である僕は全く自覚してなかったけど、


僕に何となくスイッチが入ったぞと


感じ取ったアドバイザーがこっそり彼女に、


ちょっと辛抱して待ちなさい、


そのうち彼は本気出すから、


と入れ知恵したらしい。


ああ、ここにもお袋の魂があったのか。


さて、3人の小姑は相変わらず喧しい。


あんた、しっかりしてきたわね、


頼もしくなってきたわよ、


と褒め言葉なのだか揶揄なのだか3人口を揃えて、


しかも彼女の前でまくし立てる。


まあいいか。


傍で目を細めて眺めている親父の背中はやっぱり丸いけど、


寂しさはもう感じられない。


僕が抱え込んでいた愛情を彼女に注いだ分、


またみんなからいただくこととしよう。


そうやって愛情をくるくる循環させていくうちに


本当の家族になるのだろう。




お袋、ありがとう、


今度お袋に似ている彼女と一緒に墓参りに行くよ。


マリッジ・コンサルタント 山名 友子