結婚相談所物語

頭が上がらない

母には頭が上がらない。

産んで育ててくれた。

ただそれだけで頭が上がらない。

当然でしょう。


ところがもうひとり、

頭が上がらない女性が増えました。

根負けして半ば呆れて、そして何と言っても敵わなくて。

仕事が忙しいと言っても動じない。

興味ないから時間が取れないんですと言ってもくじけない。

どうしたんだよ、全く!

でも結局彼女の思うツボにハマって僕はこうして今、

最高に幸せを噛みしめている。

だから...、やっぱり頭が上がらない。



母が一人息子の僕の結婚を望んでいることは知っていた。

母が望むから結婚しよう、とは思わなかった。

それとこれとは話が別だと思っていた。

心密かに独身主義を標榜していた。

ただ、何年も何年も僕の結婚を望んでいた母の気が済むのなら、

花嫁探しをするぐらいのことに、

目くじら立てることもないとこの頃思うようになっていた。

要は会った後で僕が首を縦に振らなければいいのだ。

いくらなんでも与(あずか)り知らないところで

結婚させられることはないだろうと軽く考えていた。

ところがある日、新聞広告を大事そうに広げながら母はこう告げた。

この一年間手紙で何度かやりとりして私は決めた。

ここに行って登録し、お嫁さんを見つけなさい。

いくら断っても通じない母の強い思いを、

押し返すことができなくなっていた。


こうして僕は結婚相談所のサロンなるところを訪れることになった。

母のために波風は立てたくない。

こんなことに費用を使ってお金を捨てるようなものだ、

とは心の中で思っていた。

ただ黙ってやり過ごそうと決めた。

「あなたは研究職でいらしているのでとてもお忙しく、

365日始発で出かけて終電でお帰りになるんですってね。

お母様がそうおっしゃっておられましたけど...」

サロンでその人は尋ねてきた。

どうやら母はそう切々と訴えていたらしい。

まさかたまには合コンに行っている...とは言い難く、

そう思われているのなら都合もいいし、ハイと答えた。

今度は僕が訴えた。

「全く時間が取れないのです。

お見合いしても付き合う時間がなくて...。

それでは女性に失礼ですよね...。」と。

僕は要するに、親の気休めの為に入会だけしにきた孝行息子というわけだ。



お見合いしませんかとメールが来たのを知って、

その都度、時間がなくて無理ですと答える。

それは丁寧に言葉を選んで断りの返信を打つ。

母は、お見合いの申し込みがあったというだけで、たいそう喜んだ。

そして僕が断ったことを知って、しょんぼりする。

少し良心が痛むけれど仕方がない。

それでも是非会ってほしいと連絡がくる。

仕事で忙しいと言っているのにいい加減にして欲しい、と。

ついに本音を言ってしまったりした。

独身の何が悪い!

親の面倒は結婚しなくたって見ることはできる!

貯えも十分にある!

それで引くかと思った。

ところが僕の訴えは軽くいなされた。

つらつらとしたためられた手紙にはこうあった。

結婚しないことに甘えがあるんじゃないですか?



僕の中の後ろめたさを見破られたような敗北感を感じた。

(これは今になってそう分析しているだけだが)

そのためかどうかわからない。

とにかく僕のどこかにスイッチが入って、

それじゃ甘えてない証拠にお見合いでも何でもすればいい。

それでもなお独身の何が悪いという気持ちは今まで通り変わらなかった。

いやもっと強くなるだろうと内心闘争心すら湧いてきた。

たまたま時間ができたと口実を作ってサロンに行ってみた。

当の手紙の主は、そんなことはどうでもいいという顔をして本題に入った。

紹介相手の写真がスーッと目の前に置かれた。

おっ!なかなか美人じゃないか。

結局、僕は平日は研究に没頭し、休みは毎週のようにサロンに通い、

いろいろな女性と会い、そして沢山喋った。



やがて僕の心に花が咲いた。

気障なようだけど、この言葉に尽きる。

彼女と出会って毎日が楽しい。

先の見えない気長な研究にも身が入る。

両親をお金でなくて心で面倒見たいと思うようになった。

彼女とずっと話していたかった。

楽しいこともそうでないことも。

結婚するとはこういうことか、と思った時、

僕は結婚を決意していた。

それでも独身主義を否定できない、

そんな僕に手紙の主がすっと近づきこう囁いた。

「独身で仕事をしている時と彼女と結婚が決まった今と、

どっちが楽しいですか?」

独身主義者の僕が、迷わず、

「今!」と答えてしまっていた。

するとにっこり笑って、手紙の主は囁いた。

「それでいいのよ。」



僕は、母とその人には頭が上がらない。

そしてもう一人、頭が上がらない女性が増える予感がする。

もうすぐ挙式。

だけどそれで幸せが味わえるなら、僕は進んで頭を垂れよう。



マリッジ・コンサルタント 山名 友子