結婚相談所物語

素顔のままに

「結婚したいのです」


彼のこの一言ほど健全な響きを持って聞いたことは、


これまでにあまりなかった。


もちろんこのサロンの椅子に座って


アドバイザーと対面しているのだから、


結婚したいと思って訪れているのは承知だけど、


こうも曇りない眼差しで単刀直入に


純粋に言い表す人は案外と少ない。


それは彼が多くを持っていなかったからかもしれない。


またこうも言える。


彼の持っているものは彼自身だけだと。




彼には大卒の学歴がない。


大学へ進学をしなかった理由は色々あるだろうけど、


今現在彼は、


真面目に会社員をして年相応の収入を得、


それなりの資産を持ち、


健康な体と心に恵まれている、


それで充分であるという潔さが感じられる。


時々、


自分に備わっているもの、


容姿はもちろん学歴をはじめ肩書きとか


社会的地位やら将来性など、


親兄弟の名声までをも纏(まと)って


自身が埋もれている人がいる。


条件がいいのはそれに越したことはないけど、


それがために自分自身が


素晴らしいと錯覚しているのであれば始末が悪い。


あるが病というものだろう。


それに比べるとシンプルな彼は淀みがない。




彼の結婚観は、


だからぶれがない。


言葉ではいっぱしのことを言っていても、


実際はあれこれと揺れ動くものだ。


選り好みから始まって、


もっと高い望みを訴えるようになる。


そしてその望みがまた変化する。


何がそうさせるのかというと、


自分はこうだと言えない気の迷いと体裁だろうか。


しかし彼は芯があって強い。


彼の言葉を言葉の通りに解釈すればそれでいい。


肝心なのは受け止める側だ。


言葉が言葉通りに相手に伝わらなければ意味がない。




そこで、


相手として選んだのが彼より四つ年上の彼女だった。


彼女もまた、


これまで結婚しなかった理由は色々あるだろうけど、


結婚をしたいと言って


このサロンを訪れている今現在の表情には、


複雑さやありがちな打算は感じられなかった。


地味だけど澄みきった女性である。


結婚に対する感覚に彼と似たものを感じ、


彼に引き合わせた。




学歴を持たない男性と世間からは


適齢期を過ぎていると言われる女性。


だけど、


持つものがなく素顔の自分だけを


受け入れてもらえることを望んでいる二人は、


それが叶った時にはもしかしたら


何よりも強い信頼関係で結びつくのかもしれない。


惑わされる付属物がない分、


純粋な結婚生活を手にすることができるかもしれない。


きらびやかな経歴や肩書きや立派な後ろ盾を持った、


いわゆるいい条件の者同士なら


"ビッグカップル"として注目を集めるのだろうけど、


心の底から何があっても大丈夫と思えるこの様なカップルこそ、


一番の"ビッグカップル"なんじゃないかしら?


と久々にそう思えた。


マリッジ・コンサルタント 山名 友子