結婚相談所物語

私のときめき

フォークで切り分けたケーキを頬張りながら、


友人の口は喋ることをやめない。


彼氏との出会いがいかにドラマチックだったか、


彼氏と会うのにどれだけ緊張するか、


そしてそれがどんなにときめくことなのか、


せわしなく言葉をつなぐ彼女の口元をぼんやりと見ながら、


私は思った。


私は彼に会う時緊張しているだろうか。


彼にときめいているのだろうか。




結婚できるとかできないとか、


そういう感覚はなくて、


いつか結婚するんだろうな、


とその程度にしか思っていなかった。


だけど気がつくと、


こんな話ができる友人も限られてくる年齢になってしまった。


それでもやっぱり"ときめき至上主義"なのである。


私にもお付き合いしている人がいないわけではない。


結婚するならまずお相手を見つけなきゃ、


ということで結婚相談所で紹介してもらい、


今はその人とデートを重ねている。


どうということもない会話をして食事をして、


それで程々に楽しい。


だけど会うたびに緊張しているかと言えばそんなことはない。


ときめいているかと言えばそれもきっとない。


決していやではないけれど焦がれる恋という感覚はない。


ケーキを食べ終わってもやめそうにない友人の恋話を聞きながら、


私の気持ちは一体何だろうと考えていた。




元来私はのんびり屋である。


だから面倒だからと敬遠される着物を着て外出するのが好きだ。


着る時のゆったりした時間がいい。


そして急かされるのは苦手。


だけど気をつけなければ優柔不断とも受け取られる。


実際、客観的に見ればやっぱり優柔不断なのかもしれないけれど。


結婚相談所は単なる遊び相手を紹介するところではない。


それは分かっている。


だけど、では彼とは今後どうする?と聞かれて返答に詰まる。


一緒にいて楽しくて、楽なこと以外、


何を求めるのかしら?と尋ねられて益々絶句する。


確かにその通り...なのだけど。


待ちくたびれたアドバイザーが、


あまりおすすめできないことだけど...、


と心細げに言った。


他の方にも会ってみますか?


それでも彼の方がいいと思えば決められるでしょう?と提案してくれた。


だけどそれも違う。


物色したい気持ちでもない。


そう、当たり前のことだけど、


結婚を決める経験をしたことがないから、


今直面している状況に狼狽えて


自分の気持ちがよくわからないのだ。




そんなことで彼にもアドバイザーにも


随分大目に見てもらった。


しかしいよいよ出会いから一年近くという頃、


一年経っても決められなかったらもうお断りしましょうね、


とアドバイザーにやんわり引導を渡された。


どうしようと思い悩んでいる頃、


友人にまた呼び出された。


前の時以上にせっせとケーキを口に運びながら、


デートの度に気合いを入れて行ったけど、


お互いのちょっとした綻びからときめきが一気に薄れ、


そうなるともう相手も相手を想う自分の気持ちも


陳腐なものに思えて一緒にいられなくなってしまった、


と要するに彼氏と別れたことがやっぱりよく動く口から発せられた。


結局友人のは一気に駆け登り


そして駆け下りた山のようだったなと思いながら、


私のは?とまた考えた。


こんな私を待ってくれている彼。


ときめきよりも安らぎを感じさせてくれる彼。


私はじわじわと登っている気がする。


そうだ、


きっとそうだ、


息切れしないようにゆっくり登って


そして決して下ることはないだろう。


結婚ってそういうことでいいんじゃない?


それでいいんじゃない?




「結婚します」とアドバイザーにメールした。


きっと驚くだろうなと思ったが、


「そうでしょう、それがいいと思います」と返信が来た。


なんだ、見透かされていたのか。


知らぬは渦中の自分ばかり。


彼と初めて会ったのは春だったからほぼ一年、


やっとの決断だった。


でも着物を着て一緒に初詣に行くのには間に合った。


今年の夏は彼の浴衣も作ってあげよう。


その時私の左手の薬指にはリングがしっくりとおさまっているかしら。


そう思うと胸のあたりがポッと温まった。


あれ、これはもしかしたらときめき?


マリッジ・コンサルタント 山名 友子