「こんにちは。大木です」
「大木さん。ほんとに大きいですね」
思わずそんな洒落が優子の口をついた。
「よく言われます」
大木はにこっと笑った。スポーツマンタイプ。さわやかにブルーのレジメンタルタイを合わせ、スーツ姿もよく似合う。オフィスが見渡せる位置に立つと、女性社員が一斉に彼を見たほどだった。
優子は大木を仕切りのある面接ブースへと案内した。
「あのね。会ってもらいたい女性がいるんですけどね。その前にちゃんと聞きたかったんです... 」
「はい」
大木は覚悟していたように頷いた。
「前の結婚のことですね」
今度は優子が「はい」と頷いた。
「K大の学生の頃に、4回生のときかな。京都のラウンジで7つ上の女性と知り合いましてね。変な話ですけど... 初めてちゃんと付き合ったんです」
学生時代の大木はさぞ純粋だったのだろう。一途になったのね、と優子は思ったが、口には出さない。
「それでその人と?」
「はい。卒業してすぐに結婚しました。相手はバツイチで、二人子どもがいたんです。男の子でした」
「それをわかってて結婚したの」
「もちろん、親は大反対しました。うちは寺なんです。僕、長男なんで。そりゃもう、えらい反対されました」
「意固地になってしまったのね」
「その時は、好きだったんだと思います」
大木は優子の目を見て言った。
優子はちょっとたじろいだ。この男の嘘いつわりのなさが胸に迫った。
「それから、何年かして、僕らの子どもが、愛美が生まれました」
「電話とってくれはった子ね。かわいいわね。何歳?」
「ええと。9歳になったかな」
大柄な体が照れくさそうに前かがみになった。
「そう。それで、なんで離婚したの」
「彼女、子どものことになると、ものすごい教育ママでね。『私ができなかったことをしてやりたい』って、いい私立に入れようともう躍起になりだして。それでぼく、言ったんですよ。5合瓶に一升は詰め込まれへん、って。それから、僕に対してもいろいろ言い出しましてね。最後にはそれを言ったらおしまいだろう、ということまで言い出しまして」
優子はそれ以上は聞かなかった。大方の想像はついた。
「そうだったの...。 それで、愛美ちゃんだけはあなたが引き取って?」
「違うんです。最初は子どもらみんな、ぼくが引き取ったんです」
「みんな!?」
大木は歯を食いしばるような顔をした。
「子どもらに『どっちに』ついていきたい?って聞いたら『お父さん』って言うんですよ」
「それで男の子二人と、お嬢ちゃんと、三人とも」
「はい。その時は、自分を選んでくれてものすごくうれしかったんです。毎朝、ぼくがお弁当をつくって、早く帰ってきてご飯つくって。必死でした。でもある日、ぼくが会社に行ってる間に、元嫁が上の子二人を連れてってしまったんです」
その時のことを思い出したように、大木はぐっと目を閉じた。
一番下の娘だけがぽつんと、部屋の片隅にいて、泣いていた夜のことを。
大木は言った。
「その時ぼくは、自分のことを冷たい人間なんやないかって思いましたよ。寂しいのが半分。ほっとしたのが半分でしたから」
その言葉を、優子は心にしっかりと受け止めた。
「あなたって正直な方ね・・・。」
世の中、きれいごとだけではどうにもならないことがある。身をもってそれを知り、それでも正直に生きていこうとする大木という男に、優子はどうしても幸せになってほしいと思った。
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