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【8】 おばあちゃんの笑顔

 奥野ゆかりは「お祭りに行こう」と言った淳二の言葉をただそれだけのことと受け止めていた。親にではなく「祖母に会ってほしい」という言葉の意味も今一つつかめなかった。

 

「私って決め手に欠けるのかしらん」

 

 そんな言葉が頭をよぎった。新しいワンピースに袖を通してみたものの、今ひとつ心が浮き立たなかった。

 

 待ち合わせた山科駅に、淳二は車で来ることになっていた。

 

 土曜の夕方。あたりは浴衣を着た女の子がちらほら通り過ぎる。

 

 そういえば、京都のど真ん中は祇園祭りだった。

 

「あっ、ゆかりさん、乗ってくださーい」

 

 淳二がうれしそうに車に招き入れた。まだここから1時間近く山のほうへ行くらしい。

 

「帰りはゆかりさんの家までちゃんと送りますからね」

 

 はっきりと力強く言う淳二の態度が少し以前と違うと、ゆかりは気づいた。

 

 淳二は今日ゆかりと一緒に祖母の家に行けるということで、すっかりプロポーズしてOKをもらった気分になっていたのだった。

 

 ゆかりは少し自分に近づいたような淳二の態度に、どぎまぎしながらも悪い気はしなかった。だが相変わらず「プロポーズの言葉がない」ままの彼に不安を抱いていた。

 

 車はずいぶん走った。畑が広がり、細い道を車は上下しながら進んだ。

 

「すみません。道が悪くて。もうちょっとですから」

 

 やがて一軒の家の前で、車は止まった。

 

 玄関の前に背の高い、四角い顔をしたおばあさんが立っていた。心地よいそよ風の吹く夏のたそがれに、薄いベージュのチェックの開襟シャツが溶けて消えそうな色だった。

 

 おばあさんは達者そうな白い歯を見せて手を振った

「こんにちは。はじめまして。ゆかりです」

 

 ゆかりは車から降りると、おばあさんのところにまっすぐ行って挨拶した。

 

 そして手土産にともってきた、バウムクーヘンを手渡した。

 

「あの、うちの近所で美味しいって評判なんです」

 

 おばあさんはシワだらけの顔をいっそうくちゃくちゃにして「おおきにありがとう」と言った。

 

 そしてゆかりの手を握った。

 

「ありがとう。まあ、こんな可愛らしいお嬢さんが淳二のお嫁さんになってくれはるのねえ」

 

 ゆかりは驚いて淳二を見た。

 

 淳二は照れくさそうに何度もうなずいた。

 

 そして祖母にぽつりと言った。

 

「おばあちゃん、ぼくより先に言わんとって」

 

 ゆかりはもう十分だと思った。なんて不器用なプロポーズだろう。淳二は自分と結婚したかったのだ。親に報告するよりもまず、誰よりも心許せる身内であった祖母に報告したかったのだ。

 

 おばあさんのくしゃくしゃの顔をじっと見ていると、ゆかりの胸に熱いものがこみあげてきた。

 

「私、まだまだできないことだらけなんですけど、いいお嫁さんになれるようがんばります。よろしくお願いします」

 

「誰でも最初は何にもできないの。淳二もねえ。何にもできないから二人でがんばるの。それでええの... さあ、中入って。ちらし寿司、食べて」

 

 ゆかりは小さくうなずいて、まるで幼い淳二が飛び出してきそうな、古びた土間に入っていった。


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