「大上さんですか。エムロードの春日です」
廊下に出て電話を受けた大上淳二はびくっとした。まさか、何か自分に不手際があって、ゆかりから苦情が行ったのではないか...。
「大上ですが、何か」
「実は今日、ゆかりさんがお見えになりました」
「はい...」
やっぱりそうだ、と淳二は大きな肩をすぼめた。
春日茜の声が低く切々と聞こえてきた。
「ゆかりさんとお付き合いされてもう4ヶ月になるかしら。あなたのお気持ちはいかがかしら。もし、この人を誰にも渡したくないと思われるのなら、思いきってその気持ちを言葉にして伝えて欲しいの。今なら彼女もあなたの気持ちを受け止めてくれると思うんですけど... 」
茜は精一杯伝えた。「決して決定してはならない」「決して答えを出してはならない」「本人の意志を尊重すること。本人に決定をいただくこと」。先輩である優子から日頃教えられていることを思い出しながら。
淳二はきっとためらっている。プロポーズしたいけれど、NOならどうしよう... 。あれこれ考えているうちに言い出しそびれて、タイミングをはずしてしまうことだけは避けさせたい。それはまだ新米の茜にもよくわかる彼の心のうちだった。
通話を切って、淳二は顔にぱーっと血が上ってくるのを感じた。このまま仕事に戻れないような胸の鼓動を感じた。
なんて言えばいいんだ...。
「結婚してください」
「結婚しましょう」
「ぼくとずっと一緒にいてください」...
ドラマや映画や漫画で見たようなセリフが頭に浮かんでは消えていった。そのたびに胸がどきどきした。
「そんなこと言えるかな」
ケータイで自分の頭をこつんこつんと叩いて、淳二は仕事に戻った。
その日は仕事にならなかった。
うちに帰り、母親の作ったご飯を黙って食べ、自分の部屋に入った。
ベッドに寝転び、ふと本棚のほうを見た。
祭りのハッピを着て、子どもの頃に撮った写真があった。
今は亡くなった祖父と、一人暮らしている祖母がまだシワのない顔で一緒に写っていた。
淳二は二人が大好きだった。子どもの頃から口下手な淳二のことを祖母が誰よりも可愛がった。
最初は6つ上の兄だけがお祭りのハッピを着ていた。淳二はそれを着たいとなかなか言えなかった。「まだ早い」と両親が言った。でも祖母はやっと歩き始めた淳二にもちゃんとハッピを用意していてくれたのだった。
何も言わなくても、祖母だけはいつも淳二の味方だった。
「そうだ」
淳二はゆっくり起き上がると、その手には小さく見えるケータイをパカッと開けた。
「... もしもし。ゆかりさんですか。ぼくです... 」
少し息を止めて、思いきって言った。
「来月、京都の田舎のお祭りに行きませんか。おばあちゃんに... いやあの、祖母に、会ってほしいんです」
それが、淳二のプロポーズだった。
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