【1】 母親の気持ちで
エムロードには「マリッジコンサルタントになりたい」という女性もたくさんやってくる。
簡単に出来る仕事ではない、と優子は思う。
20代では無理だ。自らも結婚や出産や子育てを経験している人のほうがいい。
でも彼女たちが一生懸命カップルの成婚に取り組む姿を見ていると、まるで娘のような気がして、ついついひと言もふた言も言ってしまう。
一番若い春日茜は37歳。
茜は京都の女子大を出て大手損保会社に就職。そこで社内結婚して退職して子育てしていたが「子どもの手が離れたから」と去年エムロードに入社してきた。
面接で優子は単刀直入に言った。
「私たち、こんなふうにピンクのスーツを着てにこにこ笑って仕事しているけど、本当に大変な仕事よ。人の人生を左右するほどの大事なことだから」
「大変だからこそやってみたいんです」
きっぱりとそう言い切るところは、優子に似ていた。
若いだけにピンクのスーツ姿もぱっとあでやかだ。「このままあなたがお見合いしてもいいのよ」などと、言ってみたくもなる。それでもマリッジコンサルタントとしては、まだまだ茜は勉強中だ。
会員の写真を見つめながら、ため息をつく。
「うちは本当にめんどくさいことやってますねえ、優子さん。コンピューターでマッチングできないものですかね」
「コンピューターねえ。... 顔写真とか自由に使われてしまうし、何だか人を商品化しているみたいで。私は手間がかかっても、昔ながらに、この人とこの人が合いそうっていうやり方を死守したいのよ」
茜は手書きのファイルから目線をはずして優子の顔をじっと見た。
小さな老眼鏡をちょこんと鼻にずらして優子も資料を整理している。
「優子さん。なんでこんなに一つずつ気合入れてるんですか」
優子はメガネをはずし、親指とひとさし指で目頭のツボをぎゅっと押さえながら言った。
「茜さん。私はね、このファイルの人たち、一人ひとりの母親の気持ちなの。たくさんの娘や息子を巣立たせたわ。あなたにもこの気持ちがわかる日がくるかな」
茜は小首をかしげてちょっと笑った。
... この人は不思議な人だ。私たちスタッフにうるさいほどいつも何かと世話を焼きながら、まだこんなにたくさんの娘や息子のお世話をしているなんて。...
時計は夕方の6時前を指していた。
「そうそう。明日の11時の京都の大上さん、基本はあなたに任せますからね。私も一緒にいますけど。上手に進めてくださいね」
茜は小さく「え」と言った。そんなふうに仕事を任せられるのは初めてだった。
そしてうれしい気持ちと重たい気持ちを両方背中に回して、笑顔になった。
「はい。わかりましたっ」
優子は相変わらず資料に目を落としていた。でも茜の張り切った声を耳の奥に感じて、心は温かかった。
【2】 京都人の法則
大上淳二の母親はまさに典型的な京女といった風情だった。
にこやかに言葉少なく、反論はしないが譲らない。
クリーム色の襟なしのスーツは肩パッドが入っていて、やや古めかしい感じがした。
淳二は大柄で、四角いが穏やかな顔をしていた。32歳。電子部品系のエンジニアで、資料には「高卒」とあった。
「この人のおにいちゃんは会計士ですのん。でもこの人はせっかく府大に受かったのに、すぐ辞めてしまいはって。どうしても機械いじりがしたい言わはりましてね。ほんまに困った子ですわ... 」
「そんなにちゃんとした大学に入られたのでしたら、大学中退、と書かれたらどうですか」
その時、淳二がぼそりと言った。厚ぼったい、低い声だった。
「高卒、でいいんです」
一瞬、空気が澱んだ。淳二の母親はその空気をさっと変えるように、早口でまくしたてた。
「せやけど、この人は優しいところがあるのでね。おにいちゃんは東京に行ってしまはったさかい、うちらは頼りにしてますのん」
「なるほど」
「おんなじ京都の人がよろしおすな」
「そうですねえ。なるべくそちら方面でお探ししますけど、最後は土地よりも人ですからねえ」
茜はまったく口を開かない淳二に話しかけた。
「どんな女性とお会いになりたいですか」
「... 」
淳二は首を捻って、照れたように笑った。言葉が出て来ない。
「そうですなあ。この人はしゃべらはらへんさかい、明るい、ようしゃべってくれはる人がよろしいのとちゃいますか」
母親が代わりに答えた。よくしゃべる母親をもつ子どもは、無口な人が多い。
最後まで、とうとう淳二の声を聞けずじまいだった。
親子が帰っていくと、茜は黙っていた優子にすがるように話しかけた。
「あの男の人、最後まで沈黙でしたよ。お見合い、大丈夫かしら。優子さん、京都の人で、明るいよくしゃべる女の人、いますかね」
「大丈夫よ」
優子は微笑んだ。
「京都の人はね、最初は『京都の人でないと』とおっしゃるけど、他の条件をちゃんと見比べて、割り切るところは割り切られるというか。そこは賢い人が多いのよ」
「そういうものなんですか... 」
茜は自信をなくしたようにちょっと肩を落とした。
「言葉通りじゃないんだ... 」
優子はからからっと笑った。
「最初の言葉通りだけでマッチングを考えてたら、コンピューターのデータとおんなじじゃないの。人の心のなかを読まないとダメなのよ。あのお母さんは『自分たちが息子夫婦と身近にいたい』ことが一番大事なの。それを『京都の人がいい』っていうような言い方にされたのよ」
「なるほど。優子さん、なんでそんなことがわかるんですか」
優子は力こぶを作る格好をして自分の腕をとんとん、と叩いた。
「それがキャリアってものよ。いや、親心かな」
「そっか...」
茜はまだ口の中に何か残っているような顔をして、ファイルを繰り始めた。
【3】 神戸のお嬢様でもいいですか
「この間の京都の男性に、この人、どうですかね」
茜が探してきたのは、神戸の女性だった。
奥野ゆかり、27歳。神戸の女子大を出て、そのまま学校の研究室に勤めているという。
「JRなら一本で行き来できるし。私もお会いしたんですけど、明るくてとてもよくしゃべる方でした」
優子はその写真を見て、メガネをずらし、茜の顔を見上げた。
「ふうん。なかなかいいんじゃない」
心のなかでは「これはベストマッチングかも」と思ったが、あまり褒め過ぎるのもの控えたのだった。それもこれも成長を願ってのことだが。
「じゃ、双方にお尋ねしてみますね」
茜は優子の言葉にほっとしたように、電話を始めた。
「... 神戸のお嬢様なんです... ええ。京都の方じゃないんですけど、摂津本山という駅ですから、JRで一本ですよね。ええ。快速、止まります」
その背中を見守っていた優子はふと自分の母親のことを思い出していた。
優子の母親は地元の四国で、実に上手に縁談を取りまとめる人だった。
さりげなく若い人のことを見ていて、結び付けてしまう。優子の通っていた学校の担任の先生のお世話までしたほどだった。
たとえば貧しくても教育のある男性を、お金はあるけれど息子のいない旧家の養子にと世話をしたこともある。その結び付け方が、実に見事だった。どちらからも喜ばれる縁を紡いだ。
それは母親という人が、学歴や資産だけではなく人間そのものをちゃんと見ることができる人だったからだろう。
今、優子は思う。
私は母親の影響を受けてこの仕事を始めたのかもしれない、と。
母親が「人間と人間を結ぶ」ことのできる人だったことが誇りだったのだと。私もそうなりたいと思ったのだと。
そして、その気持ちをこのスタッフたちが引き継いでいってくれるのだろうか。
この大変な仕事を。
「... はい。よろしくお願いします。お待ち申し上げております」
受話器をもったまま、茜は深々と頭を下げていた。
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