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{4} 手作りのドルチェの味

 

 お見合いの日、多田謙治は自信のあるヴィスコッティーニを手土産にすることにした。ヴィスコッティーニはちょっと固いビスケットのようなイタリア特有の焼き菓子で、地元ではエスプレッソに浸して食べることが多い。

 

 謙治はそれを日本人に向くように少し柔らかめに焼いていた。

 

 透明の袋に入れ、さらに茶色い袋に入れて、麻の紐で結んだ。

 

 そして自分でちょっとにんまりした。

 

 絵梨子さんていう人が、もし感じのええ人やったら、これを渡そう。

 

 もし感じの悪い人やったら、エムロードの山本さんにあげたらええわ。...

 

 そんなふうに自分に言い聞かせて、紺色のジャケットを羽織った。

 

 約束の時間ちょうどにエムロードを訪ねると、いつもの山本優子ではなく、落ち着いた感じの妙齢のマリッジコンサルタントが案内してくれた。

 

 優子はすでに国枝絵梨子と談笑していた。

 

「こんにちは。多田です」

 

「こんにちは。国枝絵梨子と申します」

 

 立ち上がった絵梨子は166センチの身長にヒールを履いていて、謙治より少し大きくらいだった。

 

 けれども謙治はその上品ですっきりした面持ちにいきなり引き込まれていた。

 

「あ... 」

 

 ぽかんと絵梨子の顔を見つめたまま、椅子に腰掛けた。

 

 その様子を優子はにこにこと見守っていた。

 

 絵梨子は落ち着いた様子で、多田のことをやさしげに見つめて言った。

 

「お店をされてるんですね。私、イタリア料理、大好きです」

 

「あ... あっ、そうですか。よかった。うちは北のほうの料理です」

 

「どちらで修行されたんですか」

 

「最初は田舎で... ピエモンテのレストランに1年いて、そのあと、ミラノの二つ星の店に半年いました。まあ、それより前にお金の勘定を2年ばかり」

 

「お金の勘定?」

 

「バンカーでしたから」

 

 優子が助け舟を出した。

 

「謙治さんはね、外資の銀行にお勤めだったんですよ」

 

「ああ。そうなんですか」

 

 絵梨子は謙治の顔をまじまじと見つめた。確かにまるで商売人とは言い切れない、サラリーマンふうな生真面目さがある。

 

 いい給料をもらっていただろう会社を辞めるには、大きな覚悟があったのだろうと想像できた。

 

 父親も医者で、自分もずっと医者をしている絵梨子にとって、職業を変えるという決断は何かとてつもなく潔いことに思えた。

 

 彼女は話をもとに戻した。

 

「どんなお料理が得意なんですか」

 

「北は肉料理が多いんですが、大阪は魚貝もいいし。あ、パスタは全部うまいです」

 

「へえ」

 

 絵梨子の目が輝いた。

 

「今度、お店に行ってもいいですか」

 

「もちろんです。混んでるとフォローできないから、少し遅い時間に来てもらえますか」

 

「ええ。私、どうせ診療終わって遅い時間になりますから」

 

 謙治はビスコッティーニの袋をもはやテーブルの上に置いていた。

 

 本当は帰り際に考えて渡そうとしていたはずだった。相手の女性が感じのいい人ならば、と。

 

「あの、これ、ちょっと自信作なんですよ。よかったら、今、食べませんか」

 

「あら。じゃ、熱いお茶をいれなおさないと」

 

 優子はうれしい笑いをかみ殺しながら、席を立った。


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