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『11』 母親の背中

 幸平は、沙紀とはその後も週に1回は会った。

 

 そろそろ答えを出す時期にきていた。

 

「半年ですよ、幸平さん。そろそろ気持ちを固めてもらわないと。

△のままなら、もう沙紀さんに失礼よね。エムロードの唯一のルールは『自分がされて嫌なことを相手にしない』っていうことなのよ」

 

 この間、エムロードに行ったとき、いつになく思いつめたように山本優子が言った。

 

 当の沙紀よりもマリッジコンサルタントに思いつめた顔をされるとは、幸平は思ってもいなかった。

 

 半年なんてあっという間だ、と幸平は思う。

 

 民事の裁判は2ヶ月に1回とか、緩やかに進んでいく。普段はその準備や手続きや、何かと細かい相談で日々はあっという間に過ぎていく。

 

 先週も先輩の抱えている事件で残業続きだった。カップラーメンを食べたり、出前のピザを頼んだり。

 

 自宅に資料を持ち帰って読みながらソファで寝てしまうこともあった。

 

 亡くなった母親が夢に現れた。

 

 正確にいうと、母親の背中が現れた。

 

 母親はキッチンで何かをつくっている。

 

 ことことと鍋が音を立て、湯気があがっている。

 

 カレーかな。カレーが食べたいな。

 

 ... そう思ったとたん、目が覚めた。

 

 あれは亡くなった母親じゃなくて、沙紀だったのかもしれない。

 

 幸平は短すぎる膝かけにくるまりながら、ふと思った。

 

 別に二人の背中が似ているわけじゃない。

 

 母親は大柄で痩せていた。太っても痩せてもいない沙紀とは全然違うタイプだった。

 

 頭をかきながら、時間を見ようとケータイを手にすると、メールが来ていた。

 

 沙紀からだった。

 

 

 「幸平さん。

 

  こんばんは。

 

  今日、エムロードの山本さんから

  電話があってお話しました。

 

  お会いしてから半年になるんですね。

 

  私はずっとこのままお付き合いしたいんですけど、

  いつまでもこのままというわけにもいきません。

 

  もしあなたに迷いがおありなら、

  私はあなたのことをあきらめなくてはなりません。

 

  人の気持ちは人が無理やり変えるものじゃないから。

 

  でも私も伝えます。

 

  私の気持ちはずっと◎です。

 

  だから半年の時間も無駄だったとは思っていません。

 

  仕事、ではなくて、人に何かしてあげる気持ちは

  とてもいいものだとわかったからです。

 

  幸平さん、ありがとうございました。

 

  高島 沙紀」

 

 幸平は、ケータイを閉じて、そっと机の上に置いた。

 

 そしてとっくに自分の心も決まっていたことに、気づいた。


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