想像を絶するつらい話ほどに、人は淡々と語るものだ。
幸平の姉の言葉は静かで重かった。
「兄が国家試験に受かったご褒美にと、母は父の遺してくれた財産からお金を出して兄に車を買い与えたんです。それは医学部に兄が入学してからの、母と兄との約束だったんです。母は兄が医者になったことがうれしくうれしくて... 」
幸平がぼそりと口をはさんだ。
「あんなスピード出る車、買うからや」
フェラーリだとかポルシェだとか、そんな車だったのだろうか。優子はあえて黙って続きを聞いていた。
「その車で初めて走った日に、兄は事故で亡くなったんです。母は後を追うようにそれから2年後に亡くなりました」
「... 」
幸平は一瞬、眉をひそめて天井を仰いだが、今度は姉のする身の上話に耐えられないようにそっぽを向いた。
「弟が... 幸平が大学を卒業する年でした。母親は死ぬ間際、意識が朦朧としたときに、この子のことを兄だと思ってずっと手を握って名前を呼んでました」
「しょうがないよ... 」
たまりかねたように、幸平が姉の言葉を遮った。そして、小さく付け加えた。
「兄さんとぼく、そっくりだから... 」
その言葉に優子は瞳をうるませて、幸平のことをじっと見つめた。
見つめられた幸平はどぎまぎしながらも、初めて優子の顔をまじまじと見つめた。
優子はきっぱりと言った。
「私はお母様が天国で喜んでくださるあなたの結婚相手を必ず見つけます。今日から私があなたのお母さん代わりよ」
幸平の姉は膝の上のバッグからブルーの麻のハンカチを出して、思わず頬に伝ったものを押さえた。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
ハンカチを握り締め、何度も頭を下げた。
それを見て困ったような顔をしていた幸平は、最後にちょこんと頭を下げた。大柄な体に似合わないお辞儀に、優子はくすりと微笑んだ。
「よかったらなんでも相談してください。亡くなられたお母さんよりは私はちょっと若いけどね」
優子の目じりにできたシワに安心したように、幸平はやっと微笑んだ。
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